2011年11月09日
住民の意思と町の意思~その2~
全てはここから~津波にやられた実家片付け開始の様子~
山元町政の広報誌
広報やまもと ←山元町役場のサイトの広報やまもとの11月号のページに飛びます
ボランティア活動の傍らで、夏ぐらいから町の人の意思と町の動きにけっこうなギャップを感じる様になり定期的に広報やまもとを見て町政の考えている事を知るようにしています。
今月号では山元町の津波被災地域の復旧計画は大きく3段階に分ける事を明示しています。実は夏くらいから町内でこの計画の概略は知られるようになり何度か聴いている内容でした。
釣りをした川、ポテトチップを買いに行ったコンビニ、ジョギングをした道がほぼ全て町から「住むな」と言われたと思うと複雑な気持ちです。
町外の方用に参考にgoogle mapにてJR山下駅付近を掲示してます。
大きな地図で見る
町の方針
県道38号から東側のほぼ全域(海側)とJR常磐線の間の地域…ここは集団移転を促される地域です。
ですが、スコップ団やテラセンにて片づけをする多くのお宅はこの地域の家です。やはりこの地域にこの家に「住みたい」という意思は未だ続いているのです。
町の方針2
JR常磐線から国道6号線の間の地域…集団移転を促されるが一定の対策(盛土など)をすれば新築も許可される地域
私の実家もこの地域です(花釜区)。沿岸から3キロの場所ですが1階部分は丸ごと浸水しました。この地域は特に生活再建の意思が強い地域です。
ですが、避難指定地域解除が遅れ、秋頃からやっとボランティアが片付けに入るお宅も多く有ります。
町の方針3
国道6号線周辺の地域…集団移転先とされ、町の機能を集約させようと考えられている地域
国道6号線は既に行政施設・大型の病院などが有り今後ここに住・行政・経済をこの地域に集約してコストを抑えた復興をしたい狙いがあります。
さて以上は広報やまもとに有った計画と現地で聴いた方の言葉を併せてみました。
残念ながら震災から8ヶ月経過しようとしている今も、被害の甚大な方針1と2の地域関する最終的な方針が決まっていません。
問題は方針が決まらないので、この地域の多くの住民や支援団体が十分に復旧活動に着手できないでいるという現実です。
道路や危険物の撤去など大枠の復旧を除けば、個人レベルの復旧はほぼ個人の活動による所が大きい。ボランティアの活動も地域が制限されている時期も長かった…
以前のブログに書いたように行政は既に起きた事象の処理には向いている仕組みになっているが、無からの創造は本来は企業が得意としていた分野です。
多くの企業、仕事を創ろうとしている方に山元町の風景を見ていただきたいです。そして、何かを感じていただきたい。
今、私は災害ボランティアの他により多く山元町を見てもらうように案内をしています。なじみの有る場所だからこそできる細かな案内をいたします。
ご興味の有る方、一度ご一緒しませんか??
ブログ製作者:梅田尚 仙台市在住で実家は山元町のJR山下駅付近(花釜区)
連絡メールアドレス:umeda0706以後は@gmail.comです。迷惑メール防止のためこの表記にしております。
山元町のホームページ
http://www.town.yamamoto.miyagi.jp/index.html
りんごラジオ
http://ringo-radio.cocolog-nifty.com/blog/
山元町災害ボランティアセンター
http://msv3151.c-bosai.jp/group.php?gid=10117
山元町政の広報誌
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ボランティア活動の傍らで、夏ぐらいから町の人の意思と町の動きにけっこうなギャップを感じる様になり定期的に広報やまもとを見て町政の考えている事を知るようにしています。
今月号では山元町の津波被災地域の復旧計画は大きく3段階に分ける事を明示しています。実は夏くらいから町内でこの計画の概略は知られるようになり何度か聴いている内容でした。
釣りをした川、ポテトチップを買いに行ったコンビニ、ジョギングをした道がほぼ全て町から「住むな」と言われたと思うと複雑な気持ちです。
町外の方用に参考にgoogle mapにてJR山下駅付近を掲示してます。
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町の方針
県道38号から東側のほぼ全域(海側)とJR常磐線の間の地域…ここは集団移転を促される地域です。
ですが、スコップ団やテラセンにて片づけをする多くのお宅はこの地域の家です。やはりこの地域にこの家に「住みたい」という意思は未だ続いているのです。
町の方針2
JR常磐線から国道6号線の間の地域…集団移転を促されるが一定の対策(盛土など)をすれば新築も許可される地域
私の実家もこの地域です(花釜区)。沿岸から3キロの場所ですが1階部分は丸ごと浸水しました。この地域は特に生活再建の意思が強い地域です。
ですが、避難指定地域解除が遅れ、秋頃からやっとボランティアが片付けに入るお宅も多く有ります。
町の方針3
国道6号線周辺の地域…集団移転先とされ、町の機能を集約させようと考えられている地域
国道6号線は既に行政施設・大型の病院などが有り今後ここに住・行政・経済をこの地域に集約してコストを抑えた復興をしたい狙いがあります。
さて以上は広報やまもとに有った計画と現地で聴いた方の言葉を併せてみました。
残念ながら震災から8ヶ月経過しようとしている今も、被害の甚大な方針1と2の地域関する最終的な方針が決まっていません。
問題は方針が決まらないので、この地域の多くの住民や支援団体が十分に復旧活動に着手できないでいるという現実です。
道路や危険物の撤去など大枠の復旧を除けば、個人レベルの復旧はほぼ個人の活動による所が大きい。ボランティアの活動も地域が制限されている時期も長かった…
以前のブログに書いたように行政は既に起きた事象の処理には向いている仕組みになっているが、無からの創造は本来は企業が得意としていた分野です。
多くの企業、仕事を創ろうとしている方に山元町の風景を見ていただきたいです。そして、何かを感じていただきたい。
今、私は災害ボランティアの他により多く山元町を見てもらうように案内をしています。なじみの有る場所だからこそできる細かな案内をいたします。
ご興味の有る方、一度ご一緒しませんか??
ブログ製作者:梅田尚 仙台市在住で実家は山元町のJR山下駅付近(花釜区)
連絡メールアドレス:umeda0706以後は@gmail.comです。迷惑メール防止のためこの表記にしております。
山元町のホームページ
http://www.town.yamamoto.miyagi.jp/index.html
りんごラジオ
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山元町災害ボランティアセンター
http://msv3151.c-bosai.jp/group.php?gid=10117
Posted by 梅田尚=梅さん at 22:44│Comments(0)
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